まだまだフィーバー

フィーバーって死語か?
とにかく私の毎日はいまだ「拓郎」で始まってますです。掃除機かけるときは「春だったね・ライブ73ばージョン」を大音響でかけながらやってるし昼からのまったりタイムも「拓郎」の曲聞いてます。まったりの時は「伽草子」「金曜日の朝」なんかもいいです〜・・・・とまだまだ私つま恋からこっち拓郎フィーバーがおさまらない。「大阪行きは何番ホーム」を聞いてると、息子っちに「ちゃんと目標や夢もってや」っと思ってしまう。ああああ人生のバイブル的歌もいいです。(どっぷり)

さてさて長いこと日記サボッってました。
昨日は生まれて初めて「シメサバ」なるものを作りましたで・・・えらーい!(パチパチー)一昨日ギックリ腰のレンガサンがまたまた釣りに行きまして・・大量のアジと大きいサバを連れて帰ってきた。アジみるなりいやーな予感・・・・。一夜干ししてーとか、シメサバにしてーとか・・・・・ぬかしよる。いえいえのたもうた。そんなん知らんしーと気乗りの無い返事した甲斐もなく本みてするはめに・・・・・・。
もーやだもんねー。密かに今日はあんまり釣れてませんように・・・っと願わずにはいられない今日このごろです。

書きためたネタはあるけど話が全く連動してません。お許しをー(アーメン)

先日、(実家の)お母さんが入会してるっていう「尊厳死の会・夕映え」の講演を聴いてきた。
代表が高齢のため代わられるとかで講演があってそのあと踊りの発表会なるものがあった。
自分の人生だから老いを楽しみ、あとは笑って死にたい・・というお話でした。でも最近は医学が発達したため自分の意志に関係なく生かされてしまう、物も言えず意志もなくただ生かされてることがはたして幸せか・・と。どうせ助からないのなら自然のままに逝かせて欲しいと。
お母さんもこの会に入っている、だから「もしなんかあったらちゃんと署名してあるからそれを先生に見せてね」とずいぶん前に言われたことがあった。お母さんらしい「いさぎよい」生き方なんやと思う。
老いを怖がらず楽しむ姿、最近お母さん見ててすごいな〜なんて思ってます。
久々に花束と差し入れ持って行ったら嬉しそうでした。たまには親孝行もしとかんとね。(な〜んちゃって)